セミナー情報

【長谷川尚哉 先生】沖縄「地域で愛される施術者になるために」

長谷川尚哉先生のfacebookページより抜粋いたします。

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沖縄ナイト&デイ二日間実現しました。
金城ゆかり先生の主催によるイベントの代理立ち上げ致します。

※以下の申込フォームからお申し込み下さい。申込後、お振り込みをもって本登録とさせて頂きます。
定員は40名先着順となります。
申込フォームはこちら。

http://massagescore.info/okinawa_nightandday.html

概要・・・・・
沖縄では大学において鍼灸の技術やエビデンスの指導もされているとのすばらしい情報も聞いております。医師が鍼灸に親しめば親しむ程、将来の地域医療連携の切り札に鍼灸師が活躍できる可能性が高まると期待しておりますが、一方で既存の開業の先生方、そしてこれから沖縄圏で開業を模索されている先生方と医師との関係性や、地域の患者様との関係性を考えると、金城先生は、まだスキルアップが必要と実感されておいでです。
この度その一端に長谷川の講演を、とのご依頼を頂戴しまして、お手伝いさせて頂くことに致しました。

二日間にわたるセミナーの中では、関東、名古屋、札幌で行ってきた「長谷川イズム」の殆どをお話できるのではないかと気合いが入っております。また、「同意書を切ってもらうための医師との関係」といった立場から一旦離れて、「患者様から医師に『あの鍼灸院の先生はとても信頼に足る』というサジェスチョンを沢山いただける施術所、あるいは院長」たるスキルを涵養して、医師の側から、『どうぞあの鍼灸院を普段は利用して下さい』と言って頂けるような長谷川の理想論を展開します。

まるで絵空事のようですが、沖縄には「医介補」の歴史がある地域です。

医師不足の時代に米海軍軍政府布告第9号 (1945) は、「占領地域において免許を有する医師、歯科医師、薬剤師、看護婦、助産婦、およびその他の者で、病気の治療、疾病の予防または薬剤の処方等に従事していた者は、追って命令があるまで従来どおりその業務を継続すること」とした。「その他の者」とは、戦前の代診、薬局生、衛生兵、鍼灸師等であったが、「医官補」として医業に従事していた。沖縄民政府の組織と職務を規定した米軍軍政府指令第20号 (1946) には、関連職種として医介補、医師助手、外科医助手の表記があるが、その職務は、あくまでも「医師の業務を手助けする」ことであった。米軍軍政府は専門職としての「医師助手」の身分を公式に認めたことはなかった。1950年の「スキャップ指令」により、それまで暫定的措置であった「医師助手」は、布令第43号により廃止され、新たに「介輔」という身分が確立された。(※:引用文献下部に記載)

とされています。

平成の新時代、私は「医介補」を再興、しようだなどとは思っていません。しかし、医師が不足した時代、親身に患者様にあたっていたたに違いない鍼灸師をはじめとする「その他のもの」の心意気を三療の国家資格者たる我々も知っておいて欲しい、と考えています。

この点も含め、「島を愛す」皆様の施術が、少しでも地域住民の皆様に喜ばれる行為であるために私のささやかな講演が役に立てばうれしく思います。

※戦後沖縄における「医師助手」と医介輔制度について
“Assistant Doctors” and Medical Service Men in Postwar Okinawa
崎原 盛造(沖縄国際大学総合文化学部)、等々力 英美(琉球大学医学部)より抜粋。

カテゴリー: 刹那塾講師
タグ: 沖縄
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